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みことばの響き

惜しみなく与える 年間第27主日(マタイ21・33~43)

 他人に何か物を差し上げる時、どんな気持ちで与えるでしょうか。上司、友人、愛する人、尊敬する人など、立場や状況によって異なってきます。しかも惜しみなく与えるのであれば、相手に対して全幅の信頼や深い愛情を持ったものでしょう。

 今日の福音の中で、主人は僕たちを派遣しています。最後には自分の最愛の息子を送っていきます。その息子はひどい目にあって殺されていきますが、主人はそれでも惜しみなく与える愛を実行していきます。こうした惜しみない愛は、御父が最愛の子イエスを惜しみなく与えることを描写しています。

 また「家を建てる者の捨てた石、これが隅の親石となった」という言葉が響いてきます。世の中から見捨てられたものの中に、親石となるようなものがある。今の時代だったらどういう立場の人でしょうか。生きる希望を失った人、種々の病気で苦しんでいる人、多くの困難を抱えている人など。一般社会から見捨てられた人々の中に親石が築かれ、土台石となっていきます。人から顧みられなかった立場の人が、社会の中で大きく貢献していくのに似ているでしょう。

 聖パウロ修道会の創立者ヤコブ・アルベリオーネ神父も、子どものころ、とても病弱で、寿命も短いと思われていました。体格の面で見ていくと、決して人々から顧みられるような人ではありませんでした。また1923年には肺結核を患い、医師から余命1年半と宣告されます。体格、健康の面で見ていくと素晴らしいものはありませんでしたが、病気は奇跡的に治り、最終的には87歳まで生きます。病弱だった創立者は、神様のために自らを惜しみなく与えた人でした。

 私たちの周囲にも、惜しみなく与えている人たちがいます。そういう姿を通して、与える愛の素晴らしさをかみ締めたいものです。

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