聖書の言葉を引用しながら論述を進めるという手法は既に、使徒教父文書に現れています。例えば96—98年に著述されたローマのクレメンスの『コリントの教会にあてた第一の手紙』がそうですし、100年頃に著述されたと考えられる『十二使徒の教訓』とも呼ばれる『ディダケー』では生命の道として福音書、特にマタイ福音書から多数引用されていますし、さらにはキリスト者の日々の祈りとして(一日三回唱える)マタイ版の「主の祈り」が掲げられています。とはいえ、これらの文書はギリシア語で書かれていますので、翻訳の問題はありません。ラテン圏の教会で最初にラテン語で著述したのは北アフリカのカルタゴのテルトゥリアヌスであり、ローマのノヴァティアヌスであると言われています。彼は200—206年に『祈りについて』という作品を著していますが、これは最初の「主の祈り」の注解書ですーーちなみにここに後代良く引用される「主の祈り」は「福音全体の概要・要約」であるという言葉が出てきます。次の世代に属するカルタゴの司教キプリアヌス(258年に殉教)は三巻からなる『クィリアヌスに宛てた証言集』という著作がありますが、これは聖書からの抜粋集です。これらの作品からすでに二世紀初頭にはラテン語訳の聖書が存在したことが知られます。これは、あとで述べることになりますが当時ギリシア語圏で一般的なものとして用いられていた『七十人訳』と呼ばれるギリシ語訳の旧約聖書の翻訳でした。またローマのノヴァティアヌス(258年没)の作品から、北アフリカのものとは異なったラテン語訳聖書が存在したことが知られます。
先に述べましたように、「主の祈り」の注解はテルトゥリアヌスに続いてキプリアヌスも手掛けていますが、聖書の一つの書の全体を注解したものと指摘されるのは、実は古代教会において大きな勢力を保持していた「グノーシス主義」のヘラクレオンのヨハネ福音書の注解書です。これは二世紀半ばのものと考えられていますが原文は現存せず、後にヨハネ福音書を著したオリゲネスがその注解を引用していることのみによって知られます。
正統教会で最古の聖書注解書と言われるのは、ローマのヒッポリュトス『ダニエル書注解』(204年ころの作)です。ローマのヒッポリュトスと言われますが、ギリシア語で著述しています。彼は雅歌の注解書も残しています。残念ながらいずれもギリシア語原文は残っておらず、『ダニエル書注解』は古スラヴ語で、『雅歌注解』はグルジア語で残っています。興味深いのは『ダニエル書』は七十人訳ではなく、「テオドティオン訳」を底本として用いていることです。現在でも、ヘブライ語のマソン本にないギリシア語の部分は「テオドティオン訳」によるのが恒例となっています。もう一つ興味深い点は、二人の長老にいじめられるスザンナは二つの民、すなわち、ユダヤ人と異教徒から迫害されているキリストの花嫁、すなわち、教会を現わしていると解され、また雅歌注解においては「花婿」は「キリスト」、「花嫁」は「教会」あるいは「神に愛された魂」を著していると解されている点です。雅歌のこのような解釈は以後の伝統的な解釈となっていきます。これは比喩的解釈と呼ばれますが、この解釈法は古代社会で一般的な解釈法で、ホメーロスとかヘシオドスの神話詩の解釈に用いられていましたし、ギリシアの哲学者たち、特にプラトン学派の哲学者たちが用いた手法であり、既にアレクサンドリアのフィロンが旧約聖書の注解に用いた解釈法でした。
この比喩的解釈には多くの場合前表論的、予型論的解釈を伴っています。これは旧約聖書の人物あるいは出来事にキリストならびに教会の「前表」「予型」を読み取ろうとするものです。このような解釈は既にパウロが第一コリント書で展開しています。パウロはイスラエルの民の荒れ野での出来事を語り、彼らがそこから飲んだ岩はキリストであるとし、「以上のことはわたしたちを戒める前表として起こったのです」(十・6)と述べています。またガラテヤ書ではサラとハガルが「二つの契約」を指すものと解されています(四・21–31)。このような例はパウロだけでなく、ヨハネ福音書にもみられます。例えば神殿をイエスの体とし(二・19—22)、「モーセが荒れ野で蛇を上げたように、人の子も上げられなければならない」(三・14)といった箇所がそれです。
ここには聖書が一つの書であり、旧約聖書はキリストを準備するものである、旧約聖書においてさまざまな前表・予型のうちにキリストと出会うことができるとする考えに基づいていると言えましょう。これをよく表しているのが、「旧約は新約の中に隠れ、旧約は新約の中で明らかにされる」というアウグスティヌスの言葉であり、オリゲネスの次のような言葉です。
「イエス(ヨシュア)は律法の奥義をわたしたちに明らかにされるため、イエス[ご自身]が律法をわたしたちに読んでくださるのです。カトリックの教会に属するわたしたちは、モーセの律法を退けることはしません。それを受け容れます。しかし、イエスがそれをわたしたちに読んでくださる限りにおいてです。なぜなら、このようにイエスがわたしたちに読んでくださり、イエスが読んでくださることで、わたしたちがその意味とその精神を捉えることができるようにしてくださるなら、わたしたちは律法を正しく理解することができるからです。」(ヨシュア記講話 九・8)
カナの婚宴のときの出来事を注解して、言います。
「[このぶどう酒は]最初汲まれた時は水でしたが、イエスが変えられた時、ぶどう酒となったのです。確かに、真実のところ、イエス以前には[聖]書は水でした。イエス[が来られて]から、わたしたちにとって、[聖書は]ぶどう酒となりました。」(ヨハネ注解 一三・62・438)
このように解釈法は、聖書はそれぞれ異なる文学類型で書かれ、さまざまな編集を経て今の形になっているとする現代の聖書学者からは受け入れられないものとなっているようです。しかし、カトリック教会では、特に、典礼の場でこの解釈法は生きていると言えるでしょう。その一例が、主日の聖体祭儀の聖書朗読です。第一朗読は福音に合わせて、時として明らかに前表となる出来事を語る箇所が選ばれています。
また、最近出された教皇ベネディクト十六世の使徒的勧告『主のことば』には次のような言葉が見られます。
「要するに、わたしたちは、たとえ限界はありながらも、歴史的・批判的方法に価値と必要性があることを認めます。しかし、わたしたちは教父から次のことを学びます。釈義は『聖書本文の文章表現の中に、聖書本文が表現する信仰の現実を再発見しようと努め、この現実をわたしたちの時代の信仰者としての経験に結びつけるのでなければ、聖書本文が意図するところに忠実とは言えない』。わたしたちはこのような展望のもとで初めて、神のことばが生きていて、現代の生活の中でわたしたち一人ひとりに語りかけてくるのを見いだすことができます。その意味で、キリスト教信仰に従って理解された、教皇庁聖書委員会の霊的な意味の定義は完全に有効であり続けます。霊的な意味は『聖書本文を聖霊の影響のもとで、キリストの過越の神秘とそこから来る新しいいのちの文脈で読むとき、その本文によって表現されている意味であると定義することができる。この文脈は事実、実在する。新約聖書はそこに聖書の成就を認めている。したがって、聖書は聖霊におけるいのちの文脈でもあるこの新しい文脈の光に照らして読むのが通常である』」(37.p.75)
教皇は、この引用に先立つ部分で次のように述べています。
「・・・・実際、教父は第一の根本的な意味での『聖書解釈者』です。教父の模範は『現代の聖書釈義学者社に、真の意味での聖書への宗教的研究方法と、教会の経験との交わりという基準とつねに一致した解釈を教えます。教会は聖霊の導きのもとに歴史を旅するからです』」(37.p.73)
そして、「字義(littera)は出来事を、寓意的意味(allegoria)は何を信じるべきかを、
道徳的意味(moralis)は何を行うべきかを、天上的意味(anagogia)はどこに向かうべきかを教える」という中世の二行詩を引用して続けます。
「ここでわたしたちは、文字どおりの意味と霊的な意味の一致と関係に気づきます。霊的な意味はさらに三つの意味に区分されます。この三つの意味は、信仰の内容、道徳生活、終わりの日への望みとかかわります。」(37.p.74-75)