きょうの典礼は『聖霊降臨の主日』です。聖霊は、ギリシャ語で「風、息、空気」を表す「プネウマ」と表現されています。聖霊は、私たちが気づかないうちに、私たちの中で空気のように働かれ、そして風のように吹き抜けて行かれるのではないでしょうか。私たちがそのような聖霊の働きに気づくとき、きっと聖霊も喜ばれることでしょう。
きょうのみことばは、イエス様が復活された日の夕方のことです。この日は、朝にマグダラのマリアの知らせを聞いた、ペトロともう一人の弟子はイエス様が葬られた墓に行って空になったことを確認し、さらに、マグダラのマリアは、復活されたイエス様に出会います。他の弟子たちは、ペトロやもう一人の弟子、そして、マグダラのマリアの話を聞いても、まだ、イエス様が復活なさったということを信じ切っていなかったのではないでしょうか。彼らは、【空になった墓】ということを事実として受け止めることが精一杯だったことでしょう。
弟子たちは、イエス様が亡くなり、また、墓の中におられないということで、ユダヤ人たちが自分たちを捕らえに来るのではないかと恐れて、自分たちがいた場所の戸の鍵をかけてしまいました。弟子たちは、イエス様を失ったことで臆病になり、人間的な弱さも現れてきたのではないでしょうか。この【戸に鍵をかける】というのは、もしかしたら、弟子たちの心の状態を表しているのかもしれません。弟子たちは、イエス様がユダヤ人たちに捕らえられた時に逃げてしまいました。ペトロは、「あなたのためには命を捨てます」(ヨハネ13・37)と言ったにも関わらず、イエス様が言われたように、3回も「イエス様を知らない」と言ってしまいます。そのような弟子たちの喪失感や罪悪感、悔やみの心や落ち込んだ心の状態が、【戸に鍵をかける】ということかもしれません。
イエス様は、そのように怯えている弟子たちの所にお現れになられ、真ん中に立たれ「あなた方に平和があるように」と言われます。弟子たちは、きっと床に車座になって座っていたのでしょう。イエス様は、弟子たちの真ん中に立たれて「あなた方に平和があるように」と言われ、両手と脇腹の傷をお見せになられたのです。彼らはようやく、復活されたイエス様が自分たちの目の前に現れてくださったことを見て喜びます。
イエス様は、弟子たちの所に現れ【真ん中】立たれたように、私たちの心の中にもお現れになられるのではないでしょうか。もし、私たちが犯した過ちに後悔している時、不安に苦しんでいる時、自分の弱さや無力さに落ち込んでいる時、そのような【心の戸に鍵をかけている】状態の時に、イエス様は、私たちの【心の真ん中】に立たれ、「あなたに【平和】があるように」と声をかけてくださることでしょう。
イエス様は、決して私たちが善い心の状態の時だけに「あなたに【平和】があるように」と言われません。イエス様は、私たちの心の状態が善い時にも悪い時にも「あなたに【平和】があるように」と言われるお方です。むしろイエス様は「医者を必要とするのは健康な人ではなく、病人である。わたしが来たのは、正しい人を招くためではなく、罪人を招くためである」(マルコ2・17)と言われるように、悪い状態の時に「あなたに【平和】があるように」と言ってくださることでしょう。
弟子たちは、イエス様の「あなたに【平和】があるように」という言葉によって、今まで鍵をかけていた【心の戸】をようやく開くことができたのです。弟子たちの不安や恐れは【喜び】に変わります。イエス様は、再び「あなたに【平和】があるように」と言われて、「父がわたしをお遣わしになったように、わたしもあなた方を遣わす」と言われます。イエス様は、完璧な人を弟子として遣わされたのではなく、弱くて貧しい人、不安で怯えるような人を弟子として遣わそうとされます。ただ、イエス様は、そのような弟子に対して【息を吹きかけ】られ【聖霊】をお与えになられます。
私たちが「息を吹きかける」ためには、まず、深呼吸をするように外の空気を鼻や口から吸い込み、その空気を口から外に吐き出します。きっと、イエス様もそのようにされたことでしょう。それも車座になって座っている弟子たちに対して息を吹きかけられたのですから、何度も同じように【外の空気】をイエス様の肺に一杯に吸い込まれ、【息を吹きかけられた】のではないでしょうか。イエス様の息は、私たちの世界の空気をご自分の中に吸い込まれ、聖なるものにして【聖霊】を私たちの中に送ってくださっていると言ってもいいでしょう。
イエス様は、「聖霊を受けなさい。」と言われます。私たちは、弟子たちと同じように、【聖霊】を頂いています。聖霊は、私たちの中に空気のように入られ、私たちを導き、イエス様が弟子たちを遣わされたように、私たちがみことばを伝えるために、働かれているのではないでしょうか。私たちは、エゴに悩まされていても、【聖霊】の風に押され、イエス様と共におん父のもとに近づき、その喜びを周りの人に伝えることができたらいいですね。