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伝統的釈義と現代の釈義の相克

9. キリスト教における最初の聖書学者オリゲネス――伝統的釈義と現代の釈義の相克

 このアウグスティヌスは354年に生まれ430年に亡くなった人物であり、オリゲネスは185年に生まれ254年に亡くなっていますので、両者の間には100年の開きがあります。

『ヘクサプラ』

 オリゲネスは古代キリスト教最大の聖書学者、聖書学の創始者と評されますが、その評価の基盤になっているのは、膨大な聖書関係の著作にありますが、中でも、聖書研究者としてオリゲネスの偉大な業績と目されるのが『ヘクサプラ』と呼ばれる作品です。これは旧約聖書の本文批判研究の最初の試みでした。

 古代教会において旧約聖書といえば七十人訳と呼ばれたギリシア語訳旧約聖書でした。古代教会ではこの旧約聖書が広く流布していました。先に述べましたように最初のラテン語訳聖書もそれを翻訳したものでした。しかし、これに対してユダヤ教のラビたちは90年にヤムニアでの会議でヘブライ語マソラ本文が規範として定められる一方、キリスト教が七十人訳を重視する姿勢を強く打ち出したこともあって、二世紀になるとユダヤ教の内に、ヘブライ語原典により忠実な新たなギリシア語訳の必要性が自覚されるようになります。そのような状況下で翻訳されたのがアクイラ訳でした。アクイラは小アジアのポントス出身のユダヤ教改宗者で、130年頃に旧約聖書をギリシア語に翻訳しています。その翻訳は、時としてはギリシア語文法を無視するまでに逐語的なものでした。アクイラ訳はユダヤ教の会堂で、七十人訳に代わって、広く用いられることになります。更に、二世紀末に新たな翻訳がなされます。テオドティオン訳です。テオドティオンはエフェソ出身のユダヤ教改宗者と思われます。この翻訳は、マソラ本文に密着して七十人訳を改訂したもので、ヘブライ語の特殊な単語および表現の多くがギリシア文字に音訳されているのが特徴の一つとなっています。もう一つ、二世紀半ばのギリシア語訳がシュンマコス訳です。シュンマコスはエビオン派(ユダヤ人キリスト教徒のグループ.律法の文字通りの遵守、イエスを普通の人間とみなすことを特徴とする)であったと言われます。その翻訳はアクイラ訳以上に原語に忠実であるが、洗練されたギリシア語訳になっています。

 さて、オリゲネスにとどまらず、ヒエロニムスの時代に至るまで、古代のキリスト教の思想家たちは、七十人訳ギリシア語訳旧約聖書こそ使徒たちから教会に与えられた原典であり、すべてのキリスト者が典拠とせねばならない公認の原典でした。とはいえ、七十人訳とヘブライ語版と、またギリシア語の諸翻訳の間に異同があることを、オリゲネスは知っていました。ユダヤ教徒との対話のためにも、使徒伝来の七十人訳を尊重しつつも、七十人訳聖書の校訂を目指したのが、この『ヘクサプラ』でした。

旧約聖書の本文批判研究

 『ヘクサプラ』とは「六重」の意味で、六つの欄に併記されているところから名付けられたものです。六欄組対訳聖書とでも言ったらよいでしょう。七十人訳本文をヘブライ語版とギリシア語諸訳と比較対照するために、それらが次のような六欄に併記される。(1)ヘブライ語で書かれたヘブライ語版聖書本文、(2)そのギリシア語音訳(ヘブライ語をギリシア文字で書き換えたもの、いってみれば外国語のカタ仮名書きにあたる)、(3)アクイラ訳本文、(4)シュンマコス訳本文、(5)オリゲネスの校訂になる七十人訳本文、これにはヘブライ語版との異同を示すため、アリスタルコス(ギリシアの文献学者[前二一五~一四三])の記号を用いて、欠けている部分には*印を、ヘブライ語にない部分には÷印が付されている、(6)テオドティオン訳本文。

 オリゲネスは、七十人訳がヘブライ語版と違っている場合にも、一貫して七十人訳に即して説明しているが、それはオリゲネスがヘブライ語を知らなかったことを立証するものではありません。七十人訳こそ使徒たちから教会に与えられたものであり、もしその中に理解し難い箇所があるとすれば、それはより深い霊的な意味にまで導くために聖霊が聖書に挿入した「つまずきの石」とみなさねばならないとするオリゲネスの考えに基づくことによります。

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小高 毅

1942(昭和17)年、韓国京城(現ソウル)に生まれる。上智大学大学院神学科博士課程修了。この間、ローマのアウグスティニアヌム教父研究所に留学。カトリック司祭、フランシスコ会士。

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