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訳文の違いから聖書を味わい直す

第1回 誰が「裁判の席」に座った?――訳文の違いから聖書を味わい直す

聖書の「フランシスコ会聖書研究所訳」と「新共同訳」の訳文の違い

第1回 誰が「裁判の席」に座った?(ヨハネ19・13)

訳文の違いから聖書を味わい直す
 日本のカトリック教会では一般的に「新共同訳」が典礼で使われています。しかし、日本語訳聖書にはそのほかにも多くのすばらしい訳文があります。「口語訳」、「新改訳」、「聖書協会共同訳」、そしてカトリック教会ではいわゆる「バルバロ訳」、「フランシスコ会聖書研究所訳」など。最後に記した「フランシスコ会聖書研究所訳」は、その「緒言」に記されているとおり、駐日教皇大使、および1955年の全国教区長会議の要望を受け、原文からの聖書日本語訳のために、1956年にフランシスコ会聖書研究所が設立され、長い年月に渡る研究・翻訳・出版を経て、2011年についに聖書全巻の合本が出版された日本語訳聖書で、まさに「原文校訂による」初めてのカトリック教会の日本語訳聖書です。
 合本の出版から10年がたち、さらに多くの人にこの訳文をとおして聖書を味わってほしいと願い、「フランシスコ会聖書研究所訳」と「新共同訳」の訳文の違いを取り上げながら、さらに神のみ言葉を深めることができるようにと思い、この連載を始めることにしました。
 訳文の違いにはさまざまな理由があります。聖書の場合、訳者の日本語表現の違いから始まり、聖書メッセージの理解の違い、さらにはどの「写本」を原文と判断するかの違いなどがあります。
 最初の回である今回は、ヨハネ19・13、イエスがピラトによってついに公衆の面前に引き出され、裁判を受ける場面を取り上げることにします。

誰が「裁判の席」に座ったのか?
 新共同訳はこの箇所を次のように訳しています。
「ピラトはこれらの言葉を聞くと、イエスを外に連れ出し、ヘブライ語でガバタ、すなわち『敷石』という場所で、裁判の席に着かせた」。
 それまでは、総督官邸の中にいるイエスと外にいる群衆との間でピラトが行き来していましたが、ついにイエスを総督官邸の外に引き出し、群衆の前でイエスの裁判が始まる場面です。典礼では、聖金曜日の受難の典礼で朗読される箇所です。
 新共同訳の翻訳は原文をそのまま訳したものです。「ピラト」が「イエス」を「裁判の席」に着かせた。だから、「裁判の席」に座った、いや座らせられたのは「イエス」です。
 ところが、フランシスコ会聖書研究所訳の訳文は違います。
「ピラトはこれらの言葉を聞いて、イエスを外に連れ出し、『敷石』──ヘブライ語で『ガバタ』──という所で、裁判の席に着いた」。
 つまり、「裁判の席」に着いたのは「ピラト」です。
 2つの訳文で、「裁判の席」に着いた人物は異なっているのです。いったい、どちらが「裁判の席」に着いたのでしょう。

ヨハネ福音書は何が言いたいのか?
 すでに述べたとおり、原文を読むかぎり、わたしは新共同訳の訳文のほうが忠実な訳だと思います。しかし、問題は「裁判の席」という表現が何を意味するかという点です。通常、「裁判の席」は「裁判官の席」を意味します。「裁かれる人の席」を意味することはありません。すると、新共同訳の訳文ではピラトがイエスを「裁判官の席」に着かせたことになってしまいます。物語の進行上、これは矛盾します。そこで、フランシスコ会聖書研究所訳は、ピラトが「裁判官の席」に座ったと訳したのでしょう。
 ヨハネ福音書の原文にその説明がなされているわけではありません。ですが、日本語訳のこの違いに気づいた人は考えることになります。なぜ、ヨハネ福音書はピラトがイエスを「裁判官の席」に着かせたと記したのだろうか、と。
 わたしは、この2つの訳文の違いを読んでこう考えるのです。ヨハネ福音書はイエスが「裁判の席」に着かされたと記すことにより、物語としてはイエスが裁かれる側であることを描きつつ、わたしたちには見えない神のはたらきとしては、イエスこそが裁判をする側の者としてあの場にいた、つまり「裁判官の席」に着いたのだと言おうとしているのではないか。
 このような訳文の違いから、わたしたちも何かに気づき、考え、学ぶことができるのではないでしょうか。

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澤田豊成神父

聖パウロ修道会司祭。1965年、東京都目黒区生まれ。1996年、司祭叙階。教皇庁立グレゴリアン大学神学科修士課程で聖書神学を専攻、神学修士号取得。現在は編集をとおしての宣教に従事。東京カトリック神学院、聖アントニオ神学院講師。

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