11月11日は、聖マルチノ司教の記念日です。聖マルチノは、317年頃に生まれました。マルチノは、軍人となりましたが、洗礼を受けて数年後に軍隊を辞し、宣教活動に従事するようになりました。その後、371年頃にツールの司教となり、397年に亡くなるまで、その務めを果たし続けました。
マルチノに関する話の中で最も知られているものは、彼がまだ洗礼を受ける前、真冬にアミアンという町の城門で、一人の貧しい人に会った出来事でしょう。寒さに苦しむ貧者を前にして、マルチノは自分が着ていたマントを引き裂き、その半分をこの人に与えたというものです。多くの聖人伝は、その夜、この半分のマントを着た人がマルチノの夢に現れ、自分こそキリストであることを示したというエピソードを付け加えています。このエピソードは、確かにマルチノの生涯とその特徴を示しています。
マルチノは司教になってからも、決して贅沢に暮らすことなく、常に貧しい人たちのことを心にかけていたようです。当時、キリスト教は都市部には広まっていましたが、農村地帯や地方にはまだまだ浸透していませんでした。特に、ガリア地方(現在のフランス)はそうでした。マルチノは、こうした地域の人々が真の救いを知らされることなく、放置されているありさまを見て、彼らに対する宣教活動を行なっていったのです。知識層ではなく、小さい人々、貧しい人々に、都市部ではなく、農村や地方に向かうという、マルチノのやり方は、必ずしも他の司教たちから受け入れられてはいませんでしたが、マルチノは、ともすると見捨てられがちなこれらの人々の救いのために精力的に働き続けたのです。
マルチノの生涯を特徴づけていたもう一つの側面は、彼の修道生活にあります。マルチノは、ツール近郊のロワーヌ川沿いに修道院を建てました。彼は、時間のゆるすかぎり、そこに留まり、修道生活をとおして、神との関わりを深く見つめ、そこから宣教の力を得ていったのです。それは、「修道生活の父」と言われるアントニオがエジプトで隠遁生活を始めてから(聖アントニオ修道院長については、バックナンバーの1月の中にあります)、数十年後のことでした。
アントニオが隠遁生活の中でキリストとの関わりを徹底的に追求していったのと異なり、マルチノは修道生活と宣教活動のより深い融合を求めていきました。修道生活をしながら、直接的な宣教活動を行なうという形態は、その後、アウグスティヌスに引き継がれていきます。しかし、東方的修道生活の隆盛や、ゲルマン民族の大移動による混乱の中で、この修道生活の形態は消滅していきました。とはいえ、現代の修道会の多くが、直接的な宣教活動を行ないながら修道生活を行なっていることを考えれば、マルチノの求めていたことが今、実を結んでいると言えるのかもしれません。
聖マルチノを荘厳に祝う場合のミサの福音朗読箇所として定められているのは、マタイ福音書25・31‐40ですが、ここでは一つのまとまりとして46節まで読むことにしましょう。主の栄光が完全に現れる終わりの時に、人々が永遠の命を受ける人と永遠の罰を受ける人に分けられていく様子が描かれ、特にその「より分け」がどのような基準でなされるのかについて語られています。
一言で言えば、その基準は、最も小さい人たち、すなわち貧しい人や困っている人など何らかの助けを必要としている人たちに対して何を行なったのかという点です。それは、キリストにとって彼らが「わたしの兄弟」であり、彼らにしたことをキリストが「わたしにしたこと」と受け止めているからです(40節)。キリストとこれらの最も小さい人々との深い結びつきを理解し、生き生きと感じることができる人だけが、彼らとの関わりをキリストとの関わりとして生きることができます。逆に、この結びつきを理解できない者は、キリストを見誤っているのであり、自分ではキリストとの関わりをしっかりと生きていると思い込んでいながら、実はそうではないことが終わりの時に明かされるのです。
キリストが小さい人々と深いきずなを結ばれるがゆえに、私たちにとっては、これらの小さい人々との関わりでキリストとの関わりが計られるという教えはとても重要です。「神への務めはすべて果たしているが、人々との関わりはあまりうまく行っていない」。私たちは、しばしば、自分の生活をこのように考えていますが、このキリストの教えに照らせば、実はそれはキリストとの関わりがうまく行っていないことを示しているからです。
聖マルチノは、修道生活の中で、キリストの思いがどこにあるのか、キリストが小さい人々とどのように関わっておられるのかを深く観想していったのでしょう。だからこそ、「司教」という肩書きや社会の常識にとらわれることなく、これら小さい人々のため、彼らの救いのために全面的に奉仕しないではいられなかったのでしょう。私たちも、マルチノのようにキリストの思いの深みへと分け入ることができるよう恵みを願いたいと思います。最も小さい人々との関わりの中にキリストとの関わりを生きることができるように……。